毛利敬親(1819〜1871年)は天保6年(1835年)に16歳で長州藩主に就任し、実に36年間にわたって激動の幕末・維新を主導した。桂小五郎(木戸孝允)・高杉晋作・吉田松陰・伊藤博文・山県有朋ら新進藩士を積極的に抜擢し、長州藩を討幕・維新の中核へと押し上げた。建白書や策略に対し「そうせい(そうしましょう)」と常に賛同したことから「そうせい候」と呼ばれたが、これは人材への信頼と権限委譲によるリーダーシップの表れとされる。明治4年(1871年)に山口で薨去した際には藩士・民衆から深く惜しまれた。
明治6年(1873年)、敬親の遺志を受けた有志によって豊栄神社の境内に「忠正神社」が建立された。翌明…