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要害山城跡
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要害山城跡
山梨県
創建
1521
種別
アクセス
JR甲府駅北口からバス約30分、積翠寺下車後徒歩約40分
山梨県甲府市上積翠寺町
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基本情報
創建 1521
505年目
概要
甲府市上積翠寺町に位置する山城跡で、武田信玄の父・武田信虎が大永元年(1521年)に築いた山城。信虎の居館・躑躅ヶ崎館の詰城として機能し、武田信玄はこの城内で生まれたとされることから「信玄誕生の城」とも呼ばれる。海抜780メートルの要害山山頂に築かれた堅固な山城で、曲輪・堀切・土塁などが今もよく残り、国の史跡に指定されている。登山道を歩いて山頂まで約40分、山上からは甲府盆地が一望できる絶好の眺望が楽しめる。
由緒
要害山城は、大永元年(1521年)に武田信虎が築いた山城である。今川氏の甲斐侵攻に際し、信虎の居館である躑躅ヶ崎館の詰城として、海抜780メートルの要害山山頂に急ぎ築かれたとされる。城内では同年、信虎の嫡男・武田信玄(幼名・晴信)が誕生したと伝わり、「信玄誕生の城」として知られる。城は曲輪・堀切・土塁を巧みに配した堅固な山城で、武田氏の甲斐支配を支える重要な拠点として機能した。武田氏滅亡後の天正10年(1582年)以降は城としての機能を失い、廃城となったとみられる。近代以降は歴史的価値が認められ、国の史跡に指定された。現在も曲輪・堀切・土塁などの遺構がよく残り、戦国期山城の典型的な構造を今に伝…
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武田信玄とのつながり
大永元年(1521年)、今川・北条連合軍が甲斐に侵攻した際、父・信虎はここ要害山城に逃れ、その最中に信玄(幼名・勝千代)が城内で生まれたと伝わる。「信玄誕生の城」として知られるこの山城は、武田氏の有事の際の詰城として機能し、信玄もその後の生涯で甲府盆地を守る堅固な要衝として活用した。

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