要害山城は、大永元年(1521年)に武田信虎が築いた山城である。今川氏の甲斐侵攻に際し、信虎の居館である躑躅ヶ崎館の詰城として、海抜780メートルの要害山山頂に急ぎ築かれたとされる。城内では同年、信虎の嫡男・武田信玄(幼名・晴信)が誕生したと伝わり、「信玄誕生の城」として知られる。城は曲輪・堀切・土塁を巧みに配した堅固な山城で、武田氏の甲斐支配を支える重要な拠点として機能した。武田氏滅亡後の天正10年(1582年)以降は城としての機能を失い、廃城となったとみられる。近代以降は歴史的価値が認められ、国の史跡に指定された。現在も曲輪・堀切・土塁などの遺構がよく残り、戦国期山城の典型的な構造を今に伝…