普通なら「疑いをかけられた側は謝って弁明する」ものですよね。でも直江状はその逆でした。
「武器を集めているのは軍備を整えているからであり、謀反などとは無関係だ」と強く反論しつつ、家康自身の行動を公然と批判したのです。
現代で例えるなら「上司から叱られた部下が、逆に上司の行動を批判する報告書を提出した」ようなものです。
兼続がここまで強気に出た理由については諸説あります。
2.
上杉家の誇りを守るため、絶対に謝らないという方針だった
3.
家康を挑発して、一戦を構えようとした(覚悟の上の挑発)
いずれにせよ、これは大変な「度胸」が必要な行動でした。