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日本初の女性天皇——推古天皇と聖徳太子の国家改革
593年に即位した推古天皇は、日本史上初の本格的な女性天皇とされる。甥の聖徳太子を摂政に任命し、冠位十二階・十七条憲法・遣隋使派遣など飛鳥時代の国家改革を推進した。仏教を国の基軸に据え飛鳥文化を開花させた、古代日本の転換点を解説する。
深く読み解く一冊
目次
MOKUJI
女性天皇の誕生
聖徳太子との二人三脚
仏教を国の中心に
ゆかりの地を訪ねよう
よくある質問
法隆寺金堂(奈良)——聖徳太子が建立した世界最古の木造建築。推古天皇の時代に花開いた飛鳥文化の象徴
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
日本の歴史で「初めて本格的に国を治めた女性天皇」は誰でしょうか。答えは**推古天皇(すいこてんのう)**です。
女性天皇の誕生
6世紀後半の日本は、政治が不安定でした。蘇我氏(そがし)と物部氏(もののべし)という有力豪族が、仏教の受容をめぐって激しく対立していました。
物部氏が滅ぼされた後、蘇我馬子(そがのうまこ)が大きな力を持ちました。崇峻天皇が暗殺されるという事件もあり、混乱が続きました。
そんな中、593年に即位したのが推古天皇です。先代・敏達天皇の皇后であった彼女が、女性として初めて天皇の座につきました。
法隆寺・釈迦三尊像——推古天皇・聖徳太子の時代の飛鳥仏教を代表する仏像彫刻の至宝
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
聖徳太子との二人三脚
推古天皇は、甥である**聖徳太子(しょうとくたいし)**を摂政(せっしょう、天皇を補佐して政治を行う役職)に任命しました。
推古天皇・聖徳太子・蘇我馬子の三者が協力して、日本の国家体制づくりが進みました。この時代に行われた改革は、日本の歴史を大きく動かしました。
冠位十二階(603年):家柄ではなく能力で役人を登用する制度
十七条憲法(604年):「和をもって貴しとなす」で始まる、役人の心得を定めた法
遣隋使の派遣:中国(隋)に使者を送り、対等な外交と文化の摂取を図った
仏教を国の中心に
四天王寺(大阪)——聖徳太子が建立した日本仏教最初の官寺の一つ。推古天皇の時代の仏教興隆を伝える
Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0
推古天皇の時代の大きな特徴は、仏教を国家の基軸に据えたことです。
聖徳太子は法隆寺・四天王寺などの寺院を建立し、仏教を篤く信仰しました。仏教は単なる宗教ではなく、「進んだ大陸文化」「国を治める思想」として取り入れられました。
この時代に花開いた文化を「飛鳥文化(あすかぶんか)」と呼びます。法隆寺の建築・仏像など、現在も世界遺産として残る貴重な文化遺産が生まれました。
また、「天皇」という称号が使われるようになったのもこの時代とされ、日本という国家の形が整い始めた重要な転換点でした。
ゆかりの地を訪ねよう
法隆寺(奈良県斑鳩町)は聖徳太子が建立した世界最古の木造建築群で、飛鳥文化を代表する世界遺産です。
四天王寺(大阪市)も聖徳太子が建立した寺院で、推古天皇の時代の仏教興隆を今に伝えます。
推古天皇のゆかりの地一覧でほかのスポットも確認してください。
よくある質問
推古天皇より前に女性天皇はいなかったの?
神話・伝承上は神功皇后などが知られますが、歴史的に確実な「即位した女性天皇」としては推古天皇が最初とされます。その後、皇極(斉明)・持統など複数の女性天皇が登場しました。
聖徳太子は実在したの?
聖徳太子(厩戸皇子)の実在は認められていますが、伝説的な逸話(一度に十人の話を聞いた等)の多くは後世の脚色とされます。近年は「聖徳太子」という呼称や業績の一部に再検討が加えられています。
最終更新日:2026年6月3日
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初の女帝
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