「神風(かみかぜ)」とは文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)の両方で元軍船団を壊滅させた台風のことを指す。特に弘安の役では約4,400隻の大船団が博多湾付近に停泊中に台風に直撃され、約10万人以上が溺死・行方不明となったとされる。この台風による奇跡的な勝利が「神が日本を守った」という神国思想を強固にし、第二次世界大戦末期の「神風特攻隊」の名にも反映された。
円覚寺はJR北鎌倉駅から徒歩1〜2分という好立地にある。拝観料500円で境内全体を参拝できる。三門・仏殿・方丈・龍隠庵など各堂宇を巡り、境内奥の洪鐘(国宝・鐘楼)まで足を運ぶのがおすすめだ。舎利殿の特別公開日はJR北鎌倉駅の改札口に掲示が出ることもある。
元寇という前例のない危機への対応で心身共に消耗したこと、禅の修行と政務の両立による過労が原因ではないかとされるが、史料には詳細が記されていない。弘安7年(1284年)4月4日に34歳で没した。その死後まもなく、幕府は内部対立・御家人の疲弊・永仁の徳政令(1297年)などの問題に直面し、徐々に衰退の道を歩み始める。
円覚寺舎利殿は鎌倉時代後期の中国(宋・元)建築様式「禅宗様(ぜんしゅうよう)」を最も純粋な形で伝える現存最古の木造建築の一つだ。柱の上部に「斗栱(ときょう)」と呼ばれる複雑な組み物を多段に重ねる構造や、扇形・花頭形の窓など、日本の和様建築とは全く異なる美が凝縮されている。
明月院は境内にヒメアジサイ(額アジサイの一種)を中心に約2,500株の紫陽花が植えられており、6月の見頃には「明月院ブルー」と呼ばれる一色の青紫色の花が境内全体を覆う。この統一された青が丸窓(悟りの窓)の円形フレームと組み合わさった景観が写真映えすることから全国的に有名になった。6月は特に混雑するため早朝参拝を強く推奨する。