現在は修行中の「菩薩」の段階にあるため「弥勒菩薩」と呼びますが、56億7000万年後に成仏した後は「弥勒仏」あるいは「弥勒如来」と呼ばれます。唐招提寺の弥勒如来坐像のように、「如来形(にょらいぎょう)」——螺髪(らほつ)・肉髻(にっけい)などの三十二相を持つ姿——で造られた像は、すでに成仏した後の弥勒の姿を先取りして表現したものです。
思索(しさく)・瞑想の姿を表す図像的慣習に基づきます。インド古来の彫刻では「考える人」の姿勢として頬に手を当てるポーズが用いられました。弥勒菩薩の場合、56億7000万年後に地上に降りて衆生を救う方法を深く思い巡らせている、という解釈が一般的です。その沈黙の思索に、慈悲の祈りが込められています。
広隆寺の弥勒菩薩像はなぜ「国宝第1号」なのですか?
1951年(昭和26年)に文化財保護法が施行された際、旧国宝の文化財を新たな制度のもとで登録した際の整理番号が「第1号」でした。これはあくまで管理上の番号であり、他の国宝より「格上」であることを意味するわけではありません。ただし、日本彫刻の頂点に立つ像として美術史的な評価が極めて高いことは確かです。
仏教の宇宙論における時間単位「劫(こう)」の計算に基づきます。釈迦入滅から弥勒が出現するまでの期間を「56億7000万年」と具体化した根拠は経典によって異なりますが、『弥勒下生経(みろくげしょうきょう)』等の漢訳経典を通じて日本にこの数値が定着しました。現代人の感覚では気の遠くなる数字ですが、それほどに長い時間をかけて待たれている救済者、という弥勒信仰の根本にある無常感と希望の象徴として受け取るのが自然でしょう。