嵯峨野延命地蔵の創建年代は不明であるが、京都における地蔵信仰は平安時代に遡る。地蔵菩薩は仏教における六道の辻々に立ち衆生を救う菩薩とされ、特に子供の守護神として日本全国で庶民に広く信仰された。嵯峨野一帯は清凉寺・大覚寺・愛宕山など宗教的な拠点が集中する地域であり、地蔵信仰もこうした仏教文化の土壌のなかで育まれた。辻の地蔵を地域で管理・祭祀する文化は平安時代以降に各地で定着したとされ、嵯峨野でも長年にわたり近隣住民が延命地蔵を守り続けてきた。江戸時代中期頃からは地蔵盆(毎年8月24日前後に行われる地蔵菩薩の縁日)が京都の民間行事として定着し、近隣住民が子供たちにお菓子を配る風習が各町に根付いた。…