奈良時代の天平元年(729年)、僧・行基によって開創されたと伝わる。平安時代には天台宗の寺院として整備され、尾張四観音のひとつに数えられるようになった。中世には尾張の武将たちの信仰を集め、戦国時代には荒子城主・前田利家の一族と深い縁を結んだ。利家が寄進したと伝わる多宝塔(1536年建立)は、現存する貴重な遺構として国の重要文化財に指定されている。江戸時代には遊行僧・円空(1632〜1695年)が当寺に逗留し、数多くの木彫り仏像を刻んだ。現在境内には1100体以上の円空仏が安置されており、これは全国最多の円空仏集中箇所として広く知られる。明治以降も天台宗の寺院として法灯を守り続け、近代には正式名…