昭和5〜7年(1930-1932年)、名古屋市技師**藤井信武**の設計により**堀川と中川運河を連絡する閘門**として建設された鉄筋コンクリート造の近代運河遺構で、開通時「**東洋一の大運河**」と称賛された名古屋近代土木史の金字塔。幅9.1m・全長90.9m・塔高21mの規模を持ち、**パナマ運河と同じ水位調整方式**を採用して堀川と中川運河の水位差を調整し、内陸と伊勢湾を結ぶ物流動脈として名古屋の高度経済成長期を支えた。昭和43年(1968年)11月1日、船舶通行量の減少により閉鎖され、後に運河水底は埋立てられて上部には名古屋高速道路が通過するが、四本の尖塔(閘門塔)のみが運河時代のランドマークとして今も名古屋中心部に威容を残し、市民の記憶を伝えている。**名古屋市指定有形文化財**(1986年)、**名古屋市都市景観重要建築物**(1993年)、**土木学会選奨土木遺産**(201…