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醍醐寺
醍醐寺
京都府
創建
874
種別
寺院
アクセス
地下鉄東西線「醍醐」駅から徒歩10分
京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
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基本情報
寺院
創建 874
1152年目
御祭神・御本尊
薬師如来
宗派
真言宗醍醐派
ご利益
健康長寿・病気平癒
厄除け・災難除け
延命長寿
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「薬師如来」のご神徳に由来
概要
真言宗醍醐派の総本山で世界遺産。貞観16年(874年)に理源大師聖宝が醍醐山上に開創した。天暦5年(951年)に建立された五重塔は京都府内最古の木造建築(国宝)。慶長3年(1598年)に豊臣秀吉が催した「醍醐の花見」はわずか数日で1300本の桜を植え替えた一大イベントで、現在も伝統が続く。三宝院・下醍醐・上醍醐など広大な境内に多くの国宝・重要文化財が残り、春の桜と秋の紅葉は特に名高い京都南部を代表する名刹。
由緒
貞観16年(874年)、空海の孫弟子にあたる理源大師聖宝が上醍醐の笠取山に登り、自ら刻んだ准胝観音像・如意輪観音像を祀って庵を結んだのが開創。延喜7年(907年)には醍醐天皇の発願で薬師堂が建てられ、勅願寺として寺観が整った。天暦5年(951年)に五重塔(国宝)が完成、京都府最古の木造建築として現存する。院政期には皇族出身の座主を輩出し、真言密教小野流の中心寺院として発展した。応仁の乱(1467-1477)で多くの堂宇を失って衰退したが、豊臣秀吉の帰依を得た義演准后のもとで復興が進み、慶長3年(1598年)3月に秀吉が正室ねね・淀殿ら1300人を率いて催した「醍醐の花見」は伝説的な催しとなった…
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豊臣秀吉とのつながり
慶長3年(1598年)3月、秀吉は生涯最後の大行事として「醍醐の花見」を催した。正室・ねね、側室の淀殿・松の丸殿ら女性たちと1300人以上の供を連れた豪華絢爛な花見で、約700本の桜が満開の醍醐の地に咲き誇った。この花見から5ヶ月後、秀吉は没した。

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