勧修寺は昌泰3年(900年)、醍醐天皇が生母・藤原胤子の菩提を弔うために創建した真言宗山階派の大本山である。山号は亀甲山。胤子の旧邸跡に堂宇を建立したと伝わり、勅願寺として皇室の篤い帰依を受け、門跡寺院として高い格式を誇った。中世には兵火や火災により幾度か伽藍が焼失したとされ、たびたび再建が繰り返された。近世に入ると、江戸幕府および皇室の支援のもとで復興が進み、現在の書院や庭園の基礎が整えられた。書院前に置かれる石灯籠は江戸時代初期に水戸藩主・徳川光圀が寄進したと伝わり、「勧修寺型灯籠」として広く知られる。池泉回遊式の「氷室の池」を中心とした庭園は、正月に池の氷の厚さを宮中へ報告し五穀豊穣を占…