旧東海道品川宿の北品川1丁目に江戸後期〜明治初期に存在した妓楼「相模屋」の跡で、**なまこ壁の土蔵造り**が特徴的だったため通称「**土蔵相模**」と呼ばれた幕末史の重要舞台。長州藩士の**高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文(俊輔)・井上馨(聞多)**ら尊王攘夷派志士が頻繁に訪れ密議を重ねた溜り場で、**文久2年(1862年)12月12日の英国公使館(御殿山)焼き討ち**の際は当楼を集結地として実行部隊が出発した幕末維新史のハイライト地点。さらに**万延元年(1860年)3月3日の桜田門外の変**では、井伊直弼暗殺に赴く水戸・薩摩浪士17名が前夜の慶応元年の送別の宴を当楼で催し、翌日襲撃成功という日本近代政治の転換点の前夜舞台となった。建物は昭和初期まで現存していたが現在は失われ、北品川1-22-17付近のマンション・コンビニ併設ビルに案内板が立つのみ。品川宿の賑わいと幕末志士の熱気が交差した歴…