浄土寺の創建は天平勝宝元年(749年)とされ、聖武天皇の勅願により行基菩薩が開いたと伝わる。その後、弘仁年間(810〜824年)に弘法大師空海が巡錫の折に釈迦如来像を自ら刻んで堂宇を修し、四国八十八箇所第49番札所として定めたと伝えられる。中世には兵火や天災による衰退と復興を繰り返したとされるが、詳細な記録は定かではない。近世には松山藩主の庇護を受けて伽藍が整備・維持され、地域の信仰を集める霊場として存続した。江戸時代には四国遍路の隆盛とともに多くの遍路が参詣し、松山市内における遍路礼所として定着した。明治以降の近代においても堂宇の修繕が重ねられ、山門・本堂・大師堂が現在の境内に整う。境内には…