大同4年(809年)、弘法大師空海が真言宗の根本道場として神護寺を開くにあたり、その鎮守として宇佐八幡宮から八幡神を勧請したのが創祀とされる。空海自らが僧形八幡神像を描いて御神体としたと伝わり、山城国最古の八幡宮として位置づけられてきた。平安時代から中世にかけては神護寺の鎮守社として寺と密接な関係を保ち、高雄の地で八幡信仰の拠点となった。近世には社殿の整備が進められ、江戸時代に本殿内陣の格天井に四季の草花を極彩色で描いた44面の「花の天井」が制作された。この装飾は類例の少ない華麗なものとして後世に伝えられた。明治初年の神仏分離令により神護寺との制度的な関係は断たれたが、社は独立した神社として存…