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宝筐院
京都府
創建
1072
種別
寺院
アクセス
京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂門前南中院町9-1
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基本情報
寺院
創建 1072
954年目
御祭神・御本尊
十一面千手観音
宗派
臨済宗系単立
ご利益
健康長寿・病気平癒
縁結び
安産・子授け
厄除け・災難除け
病気平癒・身体健全・心身の癒し。薬師如来や観音菩薩を本尊とする寺院が霊験あらたか。
御祭神「十一面千手観音」のご神徳に由来
概要
延久4年(1072年)頃に白河天皇の勅願寺として創建された臨済宗系単立の寺院で、足利義詮と楠木正行の菩提寺として知られる。南朝の忠臣・楠木正行と北朝の将軍・足利義詮という敵同士の墓が仲良く並ぶ珍しい寺院で、和解と調和の精神を象徴している。紅葉の名所として知られ、本堂から眺める庭園の紅葉は錦の絨毯のように美しい。回遊式庭園には楓やドウダンツツジが植えられ、秋には赤・黄・橙の鮮やかなグラデーションが楽しめる。嵯峨野の清凉寺に隣接し、静かな環境で紅葉を堪能できる穴場スポットである。かつては広大な伽藍を持つ大寺であったが、現在は小規模ながらも風格ある佇まいを見せている。
由緒
延久4年(1072年)頃、白河天皇の勅願寺として創建されたと伝わる。当初は「善入寺」と称し、嵯峨野の地に広大な伽藍を有する大寺院であったとされる。南北朝時代に入ると、室町幕府第2代将軍・足利義詮が深く帰依し、正平23年/応安元年(1368年)に没した際、その遺言により現在の「宝筐院」の名が与えられたと伝わる。義詮の命により、南朝の忠臣として正平3年(1348年)の四條畷の戦いで討死した楠木正行の墓も同院に移され、敵対する両者の墓が並び立つ異例の形が生まれた。その後、戦乱や廃仏毀釈の影響などにより寺勢は衰え、一時は廃寺同然の状態に陥ったとされる。近代以降、有志の尽力によって再興が図られ、現在は臨…
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