宝泉院は長和2年(1013年)、勝林院の住職の坊(住居)として創建された天台宗の寺院である。勝林院は大原の声明(しょうみょう)文化の中心地として栄え、宝泉院はその支坊として長く歴史を共にしてきた。中世以降、大原一帯は天台声明の道場として重要視され、宝泉院もその宗教的環境のなかで法灯を守り続けた。客殿前に広がる額縁庭園「盤桓園」に植わる五葉松は樹齢約700年と伝わり、中世に植えられた可能性が高い。近江富士(三上山)を模したともされるその樹形は、庭園の中心的な存在として今日まで受け継がれている。近世においては、慶長5年(1600年)の伏見城落城の際、徳川家康の家臣らが自刃した床板が天井に移設された…