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寂照院
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寂照院
創建
819
種別
寺院
アクセス
JR長岡京駅から徒歩約20分、または阪急長岡天神駅からバス
京都府長岡京市開田
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基本情報
寺院
創建 819
1207年目
宗派
真言宗大覚寺派
概要
弘仁10年(819年)に弘法大師空海の高弟・道雄(どうゆう)が開創したと伝わる古刹。かつてこの地一帯に広大な伽藍を誇った海印寺の塔頭として建立され、海印寺廃絶後も唯一残存した子院として現在に至る。境内には孟宗竹が鬱蒼と茂り、「竹の寺」の別称でも親しまれる。孟宗竹は当寺が日本で最初に植栽した竹とも伝わり、以後全国に広まったとされる。南北朝時代の興国5年(1344年)の銘を持つ仁王像も伝わり、往時の信仰の厚さを偲ばせる。
由緒
弘仁10年(819年)、空海の高弟・道雄が海印寺の塔頭として開創したと伝わる。海印寺はかつて長岡京市の下海印寺・上海印寺にわたる広大な寺域を誇り、乙訓地域の有力寺院として栄えた。その後海印寺は衰退・廃絶したが、塔頭の中で唯一生き残ったのが寂照院である。孟宗竹の日本初植栽地という伝承は近世以降に広まったものとされるが、境内の竹林は「竹の寺」として現在も地域住民に親しまれている。南北朝時代(1344年)に造立された仁王像は中世の信仰の証として大切に伝えられている。
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