常楽寺の縁起は、永享元年(1429年)に僧・見海僧正により油小路五条附近に創建されたと伝わる。天正19年(1591年)、豊臣秀吉の都市改造令(寺町整備)により現在の裏寺町(蛸薬師下る)に移転。江戸時代の寛文年間(1661〜1673年)には後水尾天皇(第112代)の命を受けて、洛陽四十八願所地蔵尊霊場の第三十二番「弟児地蔵」を祀る札所として整備された。
近世には天明8年(1788年)の天明の大火と元治元年(1864年)の元治の大火の二度にわたって伽藍が焼失し、いずれも再建された。元治元年6月には、境内に土佐藩士・浅田時太郎の墓が残る事件が起きた。浅田は清水付近で会津藩士に斬られて重傷を負い、土…