はりまや橋は、江戸時代初期に高知城下で豪商として名を馳せた播磨屋宗兵衛と、その向かいに店を構えた櫃屋(ひつや)の間に商取引の便宜のために架けられた私設の橋が起源とされる。架橋の時期は17世紀初頭と伝わり、地名「はりまや町」もこの播磨屋に由来する。幕末には竹林寺の僧・純信が恋人のお馬にかんざしを贈った場所として知られ、そのエピソードが「よさこい節」として民謡に歌い継がれた。明治以降、都市開発とともに元の橋は失われたが、地名と民謡の中に記憶が残った。昭和後期から地域の文化的資産として保存・復元の機運が高まり、高知市の中心市街地整備とともに朱塗りの橋と広場が整備され、現在に至る観光名所となった。