聖地マップ
みんなの投稿
記録
辿る
マイページ
‹
京都府
Toku
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
金戒光明寺
京都府
法然が1175年に念仏を初めて唱えた浄土宗大本山「くろ谷さん」、幕末に会津藩本陣となり新選組発祥の地としても知られる
創建
1175 年
種別
寺院
アクセス
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1175年
851年目
御祭神・御本尊
阿弥陀如来
→
宗派
浄土宗
→
概要
金戒光明寺は承安5年(1175年)に法然上人がこの地で初めて念仏の教えを説いたことに始まる浄土宗の大本山で「くろ谷さん」の通称で親しまれる。幕末には京都守護職・松平容保率いる会津藩の本陣が置かれ、新選組発祥の地としても知られる歴史的名所である。三重塔(文殊塔)からは京都市街を一望でき、アフロヘアのような螺髪の「五劫思惟阿弥陀如来像」はSNSで話題を集めている。境内には約100基の紫雲石が点在し、法然上人が見た紫雲の光を記念している。山門は江戸時代の建築で京都市内屈指の巨大な楼門である。市バス「岡崎道」下車徒歩約10分、岡崎エリアの東に位置する。
由緒
承安5年(1175年)、法然上人が比叡山を下り、この地で初めて念仏の教えを説いたことを開創の起源とする。法然はここで「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えた際に紫雲が棚引く霊験を見たと伝わり、以後浄土宗の聖地として信仰を集めた。中世には浄土宗の教線拡大とともに寺勢が整えられ、江戸時代には徳川幕府の帰依を受けて伽藍の大規模な整備が進められた。現存する山門(黒門)や三重塔(文殊塔)はこの時期に建立されたものとされ、山門は京都市内屈指の巨大な楼門として知られる。幕末の文久2年(1862年)には京都守護職に任じられた会津藩主・松平容保がこの寺を本陣として置き、新選組の母体となる浪士組がここを拠点としたことから「…
もっと読む
巡礼コース
神仏霊場巡拝の道
0 / 149 スポット
→
ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来
記
関連記事
— 1
専
専修念仏の革命——法然が「南無阿弥陀仏」で仏教を民衆に開放した日
法然(1133〜1212年)は比叡山で天台宗を極めた後、1175年に浄土宗を開いた。「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで誰でも極楽往生できるという専修念仏の教えは、それまで貴族・僧侶の独占物だった仏教を庶民に解放した。激しい弾圧を受けながらも、弟子の親鸞・一遍へとつながる浄土教の大河の源流となった改革者の生涯を解説する。
era
›
みんなの投稿
0
+
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
あわせて巡りたい
金
金戒光明寺・紫雲の庭
法然が念仏を唱えた際に立ち昇った紫雲の伝説を白砂と苔で表現した近代庭園、新選組発祥の地・金戒光明寺の内苑
78m
→
金戒光明寺・会津墓地
松平容保が1862年に本陣を置き新選組が生まれた金戒光明寺、鳥羽伏見の戦死者を含む約300名の会津藩士が眠る幕末の聖地
227m
→
知恩院
法然が念仏を説いた浄土宗の総本山・国宝三門は日本最大級
1.6km
→
哲学の道・弥勒院
哲学の道に佇む浄土宗の小寺、西田幾多郎らが歩いた疏水沿いで「幸せ地蔵」が旅人を見守る
1.0km
→
金
金地院
「黒衣の宰相」崇伝が武家諸法度を起草した南禅寺塔頭、小堀遠州作の特別名勝「鶴亀の庭」と東照宮が徳川の権威を示す
1.0km
→
信
信行寺
天正年間創建・宝永大火後に東山仁王門へ移った浄土宗の寺、本堂格天井に伊藤若冲最晩年の花卉図167面を今に伝える
1.2km
→
大
大蓮寺
慶長5年(1600年)創建・後光明天皇が安産祈願を勅命した浄土宗の寺、洛陽三十三所第8番と国重文の薬師如来を有する
1.3km
→
知
知恩院三門
徳川秀忠建立、高さ24m日本最大の木造二重門・国宝三門が聳える浄土宗総本山
1.7km
→
記
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
›
事実と違う内容を報告
›
📱
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
App Store からダウンロード
+
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
✕