承安5年(1175年)、法然上人が比叡山を下り、この地で初めて念仏の教えを説いたことを開創の起源とする。法然はここで「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えた際に紫雲が棚引く霊験を見たと伝わり、以後浄土宗の聖地として信仰を集めた。中世には浄土宗の教線拡大とともに寺勢が整えられ、江戸時代には徳川幕府の帰依を受けて伽藍の大規模な整備が進められた。現存する山門(黒門)や三重塔(文殊塔)はこの時期に建立されたものとされ、山門は京都市内屈指の巨大な楼門として知られる。幕末の文久2年(1862年)には京都守護職に任じられた会津藩主・松平容保がこの寺を本陣として置き、新選組の母体となる浪士組がここを拠点としたことから「…