金戒光明寺は、法然上人が比叡山を下りて最初に念仏を唱えたとされる地に建立された浄土宗の大本山であり、その草創は平安時代末期にさかのぼると伝わる。江戸時代初期には徳川家康によって城郭構造を持つ寺として整備され、幕府の要衝となった。幕末の文久2年(1862年)、第15代京都守護職に任命された会津藩主・松平容保が本陣をこの寺に置いたことで、歴史の転換点を迎える。同年、容保は浪士組を再編成・管理する組織の整備に関与し、これが後の新選組結成へとつながった。慶応4年(1868年)の鳥羽伏見の戦いで多くの会津藩士が戦死し、その遺骸が金戒光明寺の境内に葬られた。以降、境内の一角に設けられた会津藩墓地には約30…