廣誠院の前身は、旧薩摩藩士出身の明治の実業家・伊集院兼常(いじゅういん かねつね)が明治25年(1892年)頃から5年以上をかけて造営した個人邸宅である。伊集院は廃藩後に実業界に転じ、鹿鳴館の建築工事にも携わるなど明治の文明開化を支えた人物で、建築・造園に深い見識を持ち、邸宅の設計を強い指導力のもとで進めた。
庭園の最大の特徴は、高瀬川から水を引き込み、境内を清流が巡った後に再び川に戻すという仕組み。水の流れを巧みに活用した回遊式の庭園は、明治期の京都における山水設計の傑作として評価されており、京都市指定名勝に指定されている。建物も明治期の数寄屋住宅建築の貴重な遺構として京都市指定有形文化財…