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都営新宿線森下駅から徒歩3分
東京都墨田区立川1-4-13
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長寿祈願・老病息災。薬師如来・寿老人・福禄寿など七福神系の守護に由来する。
御祭神「弥勒菩薩」のご神徳に由来
慶長15年(1610年)、徳川家康から本所の寺地を拝領して開創された真言宗豊山派の寺院。本尊は弥勒菩薩で、「本所の弥勒さま」として地域住民に親しまれてきた。水戸藩二代藩主・徳川光圀(水戸黄門)が薬師如来像を寄進したと伝えられ、家康と光圀という徳川家二代の要人との縁を持つ。境内には管鍼法の発明者で世界初の視覚障害者教育施設を創設した杉山和一の墓(東京都指定史跡)があり、鍼灸関係者の聖地としても知られる。毎年6月の杉山和一記念祭には全国から鍼灸師が参拝に訪れる。江戸時代には本所地域の檀林(学問所)としても機能し、多くの僧侶を輩出した。関東大震災と東京大空襲で二度焼失するも再建され、現在も下町の信仰の拠点として息づいている。都営新宿線森下駅から徒歩3分。
慶長15年(1610年)、徳川家康から本所の寺地を拝領して開創。水戸光圀が薬師如来像を寄進。杉山和一の墓は東京都指定史跡。江戸時代は本所の檀林として多くの僧侶を輩出した。関東大震災・東京大空襲で二度焼失するも再建。
太田道灌は長禄2年(1458年)に江戸城を築城した際、城の鎮護と領民安寧のため本住院日住上人を招いて平河口にこの寺を開いた。道灌の死後、その法号「法恩斎」に因んで「法恩寺」と改称され、道灌の菩提を弔う寺としての性格を帯びた。墨田区太平の地名にまで道灌の名を残す、太田道灌ゆかりの代表的寺院の一つである。
慶長15年(1610年)、徳川家康は本所の開発を推し進める中で弥勒寺に寺地を寄進した。家康は江戸城周辺の寺社配置を戦略的に行い、本所地域の寺院群もその一環として位置づけた。弥勒寺は家康から直接寺地を拝領した数少ない寺院の一つであり、幕府との強い結びつきを示している。
水戸藩二代藩主・徳川光圀(水戸黄門)は弥勒寺に薬師如来像を寄進した。光圀は全国を行脚して歴史編纂事業(『大日本史』)を推進した人物で、江戸の寺社にも深い関心を寄せていた。薬師如来の寄進は病気平癒と衆生救済への祈りを込めたものとされる。
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