山口県山口市朝倉町に鎮座する、湯田温泉の守護を祈願する神社。朝倉八幡宮(貞観元年・859年創建)の境内社として現在に至る。祭神は湯山主命・大己貴命・少彦名命の三柱で、温泉・医療・縁結びを司る神格として地域の信仰を集める。
社名の起こりは室町時代中期——権現山麓の竜泉寺の池に、夜ごと傷ついた足を浸しにやって来る白狐の姿を住職が目にした。池の水を調べると温かく、掘り下げると大量の湯が湧き出し、金色の薬師如来像も現れた。人々はこれを熊野三所権現の霊験として崇め、温泉の守護神を祀るようになった。以来、白狐は湯田温泉の象徴として親しまれる。境内には松田屋・常盤旅館・西村屋・水野旅館など温泉旅館奉納の灯籠が並び、湯田の旅館文化との深いつながりを物語る。小ぶりな赤鳥居の奥には白狐に囲まれた稲荷社(太鼓谷・伏見・祐徳の稲成大神)も鎮座する。毎年4月第1土日の白狐まつりで温泉の恵みへの感謝が捧げられる。
湯田温泉神社の起源は室町時代中期(15世紀後半〜16世紀初頭)に遡るとされる。権現山麓の竜泉寺の僧が、傷ついた白狐が夜な夜な池に足を浸しに来ることに気づき、掘り下げると大量の温泉が湧出し金色の薬師如来像が現れた。人々はこれを熊野権現の霊験として崇め、温泉の守護神を祀る社を建てたとされる。
宝永4年(1707年)、富士山宝永噴火に伴う地殻変動の影響で湯田温泉が枯渇したが、3年後の宝永7年(1710年)に再び湧出した。江戸末期、湯田温泉は尊王攘夷運動の密議の場となった。松田屋・西村屋などの旅館に高杉晋作・西郷隆盛・大久保利通・坂本龍馬・伊藤博文らが集い、明治維新の胎動を支えた。文久3年(1863年…