清水寺奥の院は、延暦17年(798年)に坂上田村麻呂が本堂を寄進した際、同時期に整備されたと伝わる。清水寺の草創は宝亀9年(778年)、延鎮上人が音羽山に霊地を開いたことに始まるとされ、奥の院もその聖域の一部として本堂南東の崖上に建立されたと伝えられる。本堂と同じ三面千手観音を御本尊とし、本堂舞台と一体をなす礼拝空間として機能してきた。中世以降、清水寺は数度の兵火に遭い、応仁の乱(1467〜77年)をはじめとする戦乱で境内の堂宇は焼失を繰り返した。現存する奥の院の建物は、寛永8〜10年(1631〜33年)に徳川家光の寄進によって再建された諸堂のひとつとされ、本堂と同じ時期に整えられたと伝わる。…