794年(延暦13年)、桓武天皇は平安京遷都に先立ち、和気清麻呂の案内でこの東山山上から京都盆地を一望し、新都建設の地を定めたと伝わる。遷都後、天皇はこの地に将軍像を甲冑姿で埋め、都の鎮護としたとされ、これが「将軍塚」の名の由来とされる。中世以降、この地は天台宗青蓮院門跡の管轄となり、東山の霊地として信仰を集めてきた。近代に入ると東山ドライブウェイの整備により一般にも広く知られるようになり、桜や紅葉の名所としても親しまれた。平成26年(2014年)には青蓮院門跡の飛地境内として大護摩堂「青龍殿」が落慶し、青蓮院が所蔵する国宝・青不動明王像の複製が安置された。同時に清水寺の舞台の約5倍の面積を誇…