正式名称は大鳥神社、通称大鳥大社。大阪府堺市西区鳳北町に鎮座する和泉国一宮で、祭神は日本武尊と大鳥連祖神(天児屋命)の二柱。日本武尊が東征の帰途、伊勢国能褒野で病に倒れ薨去した後、その魂が白鳥と化して大和・河内を経て最後にこの大鳥の地に舞い降りたため、社を建てて祀ったという「白鳥伝説」を起源とする。延喜式神名帳に和泉国大鳥郡の名神大社として記載され、明治4年(1871年)には近代社格制度の最高位である官幣大社に列せられた。境内は楠木の鎮守の杜に包まれ、御神木「根上りの大楠」が威容を誇る。本殿は大鳥造(おおとりづくり)と呼ばれる独特の建築様式で、堺市指定有形文化財。11月の酉の市は商売繁盛・開運招福を祈願して熊手を求める参拝者で賑わい、関西を代表する酉の市として知られる。世界遺産・百舌鳥古墳群の南西に位置し、和泉国の古代から続く信仰文化を今に伝える。JR阪和線鳳駅から徒歩約5分。
大鳥神社は、景行天皇の時代に創建されたと伝わる和泉国一宮で、日本武尊の魂が白鳥となり最後に降り立ったという伝説に基づき社が建てられたとされる。史料上の初出は弘仁14年(823年)の『日本後紀』に祈雨奉幣の記事として見える。延長5年(927年)に編纂された『延喜式神名帳』には和泉国大鳥郡の名神大社として記載され、古代から朝廷の崇敬を受ける格式高い神社として位置付けられていた。
平安時代末期の平治元年(1159年)には平清盛・平重盛父子が熊野詣の途次に当社へ参詣したことが記録され、武家からの崇敬も古くから集めた。中世には和泉国守護の支配下に置かれ、戦国時代の天正3年(1575年)には織田信長が当…