落柿舎は、元禄2年(1689年)に松尾芭蕉の高弟・向井去来(1651〜1704)が嵯峨野の地に結んだ草庵である。庵号「落柿舎」の由来は、ある夜のうちに庭に植えられた約40本の柿の実がすべて落ちてしまったという逸話に基づくとされる。芭蕉は元禄4年(1691年)を中心に都合三度この庵を訪れ滞在したと伝わり、滞在中に紀行文「嵯峨日記」を執筆した。庵はその後も俳諧の聖地として知られたが、江戸時代を通じて維持管理の経緯は必ずしも明らかでない。去来没後、建物は荒廃したとされ、現在の建物は明治時代に再建されたものである。茅葺き屋根の素朴な造りは往時の草庵の雰囲気を再現しており、俳人・与謝蕪村ら後世の文人にも…