兵庫県尼崎市杭瀬南新町2-2-5に鎮座する浄土真宗本願寺派の寺院。正式名称は**法輪山西光院西光寺**(旧院号:天徳寿院)。本尊は阿弥陀如来。
尼崎市公式アーカイブ(apedia)の「西光寺」条によれば、明治12年(1879年)の寺院明細帳には「幸徳天皇代(645〜654年)に了源が開基」とある一方、別の文献『小田村勢』には「文徳天皇代(850〜858年)に天台宗として開基し、元仁2年(1225年)に了源が再興して浄土真宗に改宗した」と記されている。享保年間(1716〜1736年)初期に現在の杭瀬南新町に移転したと伝わる。
当寺の歴史的価値を高める最大の什物が**本願寺第9代・実如上人(1458〜1525年)の花押を押した御文章(ごぶんしょう)**の伝承である。御文章とは浄土真宗の門徒に浄土信仰の要を説いた書状のことで、第8代・蓮如上人が創始した教化の手段である。実如はその蓮如の五男と…
西光寺の創建については複数の伝承が残る。明治12年(1879年)に作成された寺院明細帳によれば、幸徳天皇代(645〜654年)に了源という僧が開基したとされるが、別の史料『小田村勢』には「文徳天皇代(850〜858年)に天台宗として開基し、元仁2年(1225年)に了源が再興して浄土真宗に改宗した」と記される。元仁2年(1225年)はちょうど親鸞聖人(1173〜1263年)が関東での布教を続けていた時代に当たり、浄土真宗の初期布教が西国にも及び始めた時期に、摂津杭瀬の地に真宗の法灯が灯された可能性を示している。
浄土真宗の寺院として定着した後、当寺は本願寺教団との関係を深めた。尼崎市公式アーカ…