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関口芭蕉庵
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関口芭蕉庵
東京都
創建
1677
種別
史跡
アクセス
東京メトロ有楽町線江戸川橋駅から徒歩8分、都電荒川線早稲田停留場から徒歩10分
東京都文京区関口2-11-3
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基本情報
史跡
創建 1677
349年目

この地で詠まれた句
3

五月雨にかくれぬものや瀬田の橋
松尾芭蕉 1694年
季語
五月雨(夏)
芭蕉が晩年に関口芭蕉庵で詠んだとされる句。一帯の地形と旧蹟を結ぶ視線の広がりが感じられる。
すべての句を見る · 2
概要
松尾芭蕉が延宝5〜8年(1677-1680年)頃、神田上水改修工事の水番として住んだとされる地に残る史跡で、後世の俳人たちが芭蕉を偲んで結んだ庵「龍隠庵」が前身。芭蕉の没後、門人たちによって「関口の芭蕉庵」として整えられ、享保11年(1726年)には境内に芭蕉堂が建立された。庵内には芭蕉の自画像・位牌が安置され、庭の古池を望む位置に寛延3年(1750年)建立の「さみだれ塚」がある。これは芭蕉の「五月雨に かくれぬものや 瀬田の橋」の句碑で、芭蕉最古の句碑の一つに数えられる。戦災で堂宇を失うが、講談社・光文社など出版社が中心となった関口芭蕉庵保存会により戦後復興され、現在は神田川沿いの緑地公園として無料開放されている。敷地は小さいながら江戸俳諧の聖地として全国の俳人・芭蕉研究者が訪れ、隣接する肥後細川庭園・永青文庫・椿山荘と合わせて目白台・関口一帯の文化遺産回廊を形成する。開館10:00〜1…
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由緒
松尾芭蕉が延宝5〜8年(1677-1680年)頃、神田上水改修工事の水番として当地に住んだと伝わる。芭蕉の没後、門人らにより「龍隠庵」が結ばれ、享保11年(1726年)芭蕉堂が建立、寛延3年(1750年)「さみだれ塚」(芭蕉の句碑)が建立された。戦災で損傷するも関口芭蕉庵保存会により復元、現在は無料開放の史跡公園。
松尾芭蕉とのつながり
松尾芭蕉は江戸に下って伊賀出身の俳諧師として活動する中、延宝5年(1677年)頃から約4年間、神田上水の改修工事の水番として関口の地に居住した。これは芭蕉が俳諧で自立する以前、生計を支えるための職務であり、深川の芭蕉庵を構えるよりも前の江戸生活の一齣である。後の俳諧の奥義を深めた時期の重要な足跡として、当地は江戸俳諧の原点ともいえる聖地となった。

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