泉涌寺は1226年(嘉禄2年)、月輪大師俊芿(がちりんだいししゅんじょう)が伽藍を整備した際、境内の一角から清水が湧き出たことにより「泉涌寺」と称されるようになったと伝わる。鎌倉時代より皇室との縁が深く、四条天皇の葬儀を営んで以来、歴代天皇・皇后の葬儀や御陵を管掌する「御寺(みてら)」として篤く信仰された。室町・戦国期には兵火や衰退を経たとされるが、江戸時代に入り徳川幕府および皇室の庇護のもとで諸堂の復興が進んだ。御座所は明治時代に京都御所の建物を移築したものであり、歴代天皇の菩提を弔う場として整備された。あわせて整えられた御座所庭園は小堀遠州風の意匠を持つと評され、四季折々の景観、とりわけ紅…