延暦24年(805年)、桓武天皇の勅命により伝教大師最澄が開山したと伝わる天台宗の寺院である。創建当初は広大な寺域を有し、境内には七堂伽藍が整備された名刹であったとされる。平安時代には歌人・西行法師が当寺に庵を結んだ「西行庵」の地として知られ、歌道に志す者たちの憧れの聖地となった。西行にまつわる歌碑は後世に境内へ建立され、その縁を今日に伝えている。中世に入ると、応仁元年(1467年)に始まった応仁の乱の戦火により堂宇の多くが焼失し、寺域は大幅に縮小された。江戸時代には一定の復興が図られたとされるが、かつての広大な境内を取り戻すには至らなかった。明治時代に入ると、明治政府による廃仏毀釈の影響を受…