白鳳8年(679年)、天武天皇の勅命を受けた役小角(えんのおづぬ)によって創建されたと伝わる。当初は「福祥寺」と称したとされる。延暦10年(791年)には桓武天皇の勅により最澄(伝教大師)が堂宇を再建し、天台宗系の寺院として整備されたと伝わる。平安時代末期、歌人・西行法師(1118〜1190年)がこの寺において出家したとされ、以後「西行ゆかりの寺」として広く知られるようになった。西行が自ら植えたと伝わる「西行桜」は現在も境内に残り、「花の寺」の別称の由来ともなっている。中世以降、幾度かの兵火や衰退を経たとされるが、詳細は明らかでない。近世には大原野神社と隣接する地の利もあり、信仰と景勝の地とし…