正法寺は天平勝宝年間(749〜757年)、鑑真の高弟・智威大徳が大原野の地に春日禅房を営み隠棲したことを起源とする。平安時代初期の弘仁年間(810〜824年)には空海(弘法大師)が入寺し、本尊である三面千手観音を自ら彫刻したと伝わる。その後、真言宗東寺派の寺院として法灯を継いだ。中世以降の詳細な沿革は明らかでないが、寺は大原野の地に法脈を保ち続けた。江戸時代には、徳川家光の乳母として知られる春日局が伽藍を寄進したと伝わり、現在の堂宇はその縁による小規模ながら品格ある構えを残している。近代以降も真言宗東寺派の寺院として維持され、隣接する大原野神社とともに京都西山の古刹として現在に至る。「鳥獣の石…