山口市滝町4-4、「西のお伊勢さま」として名高い山口大神宮の境内末社。参道の石段を上がった右手に鎮座し、農産物の神・宇迦之御魂神(稲荷神)を祀る。商売繁盛・三難消除(火難・盗難・病難)・農産物守護のご利益で知られ、境内社の御門守神社(おみかどまもりじんじゃ)を合祀する。大内義興が永正17年(1520年)に山口大神宮を創建した際の境内図にすでに記録があり、大正12年(1923年)に現在地へ改築、昭和元年(1926年)に明神鳥居が建立された。境内には稲荷神社らしく狐の石像が置かれ、大内文化が息づく山口の地に農産物の神の霊場として訪れる参拝者を迎える。毎年7月の山口大神宮・鷺舞神事(ユネスコ無形文化遺産関連)でも賑わう境内の一角として親しまれている。
高嶺稲荷神社の創建年は明確でないが、永正17年(1520年)に大内義興が朝廷の勅許を得て伊勢神宮の分霊を勧請して山口大神宮を創建した際の境内見取図(「山口伊勢二所太神宮御鎮座伝記」)にすでに当社の記録が確認されている。農業・商業の守護神として境内末社に設けられ、大内氏が「西の京」として栄えた山口の民衆の信仰を集めた。天文20年(1551年)に大内義隆が陶晴賢に滅ぼされ大内氏が事実上断絶した後も、毛利氏の支配下に入った山口において山口大神宮は引き続き崇敬を受け、その境内末社として当社の信仰も続いた。江戸時代には農民・商人らが商売繁盛・三難消除(火難・盗難・病難)を祈願して訪れ、地域の稲荷信仰の拠…