室町時代の天文12年(1543)、一蓮社笈誉が四条坊門東洞院(現中京区)の釈迦堂跡地に創建したのが始まりと伝わる浄土宗の寺院で、山号を天照山、本尊を阿弥陀如来とする。安土桃山時代の天正18年(1590)、豊臣秀吉による京都の都市改造に伴い、富小路通沿いの現在地へ移転した。寺の建つ本塩竈町一帯は、平安時代に嵯峨天皇の皇子・源融(822-895)が陸奥の塩竈の景を模して営んだ六条河原院の故地とされ、塩焼にちなむ地名がいまに残る。江戸時代には洛陽四十八願所の霊場に数えられ、安産祈願の「手引地蔵」を祀る。天明8年(1788)の天明の大火と元治元年(1864)の禁門の変による火災で焼失したが、のちに再興…