慶長8年(1603)、徳川家康(1543-1616)の側室・阿茶局(雲光院)が、家康の娘・泰誉院と自らの母・上徳院の菩提を弔うために建立した浄土宗の寺院で、寺号は阿茶局の母の法名にちなむ。本尊の阿弥陀如来は伝快慶の作とされ、近江の鞭崎八幡宮から移されたと伝わる。境内一帯は平安時代、源融の邸宅・六条河原院があった地でもある。天明8年(1788)の天明の大火と元治元年(1864)の禁門の変による火災で全焼したが、明治期に再興され、現在の本堂は明治44年(1911)に永観堂から移築されたもの。「世継地蔵」として子授け・安産の信仰を集め、孝明天皇の典侍・中山慶子が参詣して明治天皇を出産したとの伝承も残…