寺伝によれば、貞応元年(1222)、鎌倉幕府3代将軍・源実朝の正室であった坊門信子(西八条禅尼)が創建したと伝わり、寺号は信子の法名「本覚」に由来するという。実朝が承久元年(1219)に鶴岡八幡宮で甥の公暁に暗殺された後、信子は出家して京に戻り、夫の菩提を弔ったとされる。初めは真言律宗であったが、永正元年(1503)に玉翁によって中興され、細川政元らの寄進を得て浄土宗に改められた。天正19年(1591)に豊臣秀吉の命で現在地へ移転し、江戸時代には「洛陽四十八願所地蔵めぐり」の第48番札所として信仰を集めた。天明8年(1788)と元治元年(1864)の大火で焼失したが、慶応2年(1866)に堂宇…