寺伝によれば、本尊の阿弥陀如来像は信濃善光寺を開いた本田善光の子・義助が、善光寺如来の分身として造立したと伝わる。当初この像は南都(奈良)にあったが、天仁2年(1109)に堀川松原の地へ伽藍が建てられて安置され、以後「来迎堂新善光寺」と呼ばれて多くの帰依を集めた。応仁の乱の兵火に遭って寺地を転々とした後、天正19年(1591)に豊臣秀吉の命によって現在の本塩竈町へ移された。江戸時代には幕府から朱印の寺領を与えられ、天下泰平・万民安全を祈る祈祷所として栄えたが、天明8年(1788)の天明の大火と元治元年(1864)の禁門の変による大火で類焼。現在の堂宇はその後に再建されたものである。