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牛込見附跡
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牛込見附跡
東京都
創建
1639
種別
史跡
アクセス
JR飯田橋駅西口すぐ、JR・東京メトロ市ケ谷駅から徒歩12分
東京都千代田区富士見2-1付近(JR飯田橋駅西口)
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基本情報
史跡
創建 1639
387年目
概要
東京都千代田区富士見・新宿区神楽坂の境、JR飯田橋駅西口付近に遺構が残る江戸城外郭門の跡。寛永13年(1636年)、3代将軍徳川家光の命による江戸城外堀普請の一環として、同16年(1639年)に徳島藩初代藩主・蜂須賀忠英(はちすかただてる、家政の子)が築造した枡形(ますがた)門。枡形門とは、外側の高麗門(こうらいもん)と内側の渡櫓門(わたりやぐらもん)の二重構造で、敵の直進を防ぐ江戸時代の典型的な城門形式。牛込見附は上州道(現・新宿通り→市ヶ谷・牛込経由で関越方面への街道)の要衝で、江戸城外郭の防衛要所として機能した。明治維新後に門は撤去されたが、石垣の一部が現存し、外堀(現・神田川流域)に面した江戸期の遺構として最も良好に保存されている見附跡として知られる。平成20年(2008年)3月、江戸城外堀跡の一部として国指定史跡に指定された。石垣の石材には萩藩毛利家・津山藩森家・徳島藩蜂須賀家の…
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由緒
寛永13年(1636年)徳川家光による江戸城外堀普請(天下普請)の一環として、同16年(1639年)徳島藩初代藩主・蜂須賀忠英が築造した枡形門。上州道の要衝として江戸城外郭を守備した。明治維新後に門は撤去されたが石垣の一部が現存し、外堀沿いで最も遺構が良好に残る見附跡。平成20年(2008年)江戸城外堀跡の一部として国指定史跡。
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