善導寺は、浄土宗の隆盛を担った筑後善導寺(久留米市)の流れを汲む僧侶が、永禄10年(1567年)に京都で起こした寺院で、ほぼ同時期に開かれた法雲寺と関係が深い。当初は六角堂(頂法寺)近くに所在したが、元和4年(1618年)に六角堂が焼失した際、長谷川塩兵衛の土地の喜捨を受けて現在の二条通木屋町東入の地へ移転し、伽藍を整備した。
寺宝の竺産仏牙舎利(竺=インドより伝来した仏歯舍利)は、宗派を超えて崇拝を集め、江戸時代に来日した中国黄檗宗の隠元隆琦・独湛性瑩から「念仏往生の正統」を称える讃の書が贈られた。山号「終南山」は浄土宗を興した善導大師が修行した中国・終南山(陝西省)に由来する。