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大覚寺
京都府
創建
876
種別
寺院
アクセス
京都府京都市右京区嵯峨大沢町4
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基本情報
寺院
創建 876
1150年目
御祭神・御本尊
五大明王
宗派
真言宗大覚寺派
概要
大覚寺は貞観18年(876年)に嵯峨天皇の離宮・嵯峨院を寺院に改めた真言宗大覚寺派の大本山で、代々天皇または皇族が住職を務めた格式高い門跡寺院である。南北朝時代には南朝の御座所となり「嵯峨御所」として政治の舞台にもなった歴史を持つ。大沢池は日本最古の庭池で、嵯峨天皇が中国の洞庭湖を模して造らせたと伝わり、観月の名所として名高い。いけばな嵯峨御流の総司所でもあり、いけばな発祥の地としての顔も持つ。堂内の障壁画は狩野山楽の傑作で、牡丹図や紅梅図が桃山文化の華麗さを伝える。嵐電嵐山駅からバスまたは徒歩約20分、嵯峨野の北に位置する。
由緒
貞観18年(876年)、嵯峨天皇の離宮であった嵯峨院を、皇女の正子内親王が寺院に改めたのが大覚寺の始まりとされる。創建当初より天皇または皇族が住職を務める門跡寺院として高い格式を誇り、真言宗大覚寺派の大本山として発展した。境内の大沢池は嵯峨天皇が中国の洞庭湖を模して造らせたと伝わり、日本最古の庭池とされる。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけては亀山天皇・後宇多天皇ら大覚寺統の拠点となり、14世紀半ばには南朝の後村上天皇が当寺を御座所と定め「嵯峨御所」と称された。近世には豊臣秀吉や徳川幕府の庇護を受け、17世紀初頭に狩野山楽が堂内の障壁画を制作した。明治の神仏分離令により一時的な混乱を経たものの、…
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