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白旗神社
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白旗神社
神奈川県
創建
1189
種別
神社
アクセス
JR藤沢駅から徒歩10分
神奈川県藤沢市藤沢2-4-7
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基本情報
神社
創建 1189
837年目
御祭神・御本尊
源義経
概要
藤沢市藤沢に鎮座する白旗神社は、源義経を祭神として祀る神社として知られる。義経の首級が鎌倉に届けられた後、藤沢の地に手厚く弔われたという伝承に基づき創建された。源義経は頼朝の弟として数々の功績を挙げながら兄と対立し、悲劇的な最期を遂げた武将であり、没後は各地で神として祀られた。境内には義経にまつわる石碑や由緒書が整備されており、義経信仰の聖地の一つとして全国から参拝者が訪れる。藤沢宿の歴史と源氏文化を今に伝える貴重な神社である。
由緒
文治5年(1189年)、義経の首級が届けられた地に創建されたと伝わる。義経信仰の聖地として参拝者が絶えない。

ゆかりの人物
2

源頼朝
鎌倉幕府初代将軍
創建時 42歳
頼朝は奥州で自害した弟・義経の首を鎌倉に送らせ、腰越の浜で首実検を行った。義経の首は後にこの白旗神社に祀られたと伝わる。兄弟の確執の結末を伝える場所である。
梶原景時
頼朝の右腕・侍所所司
創建時 49歳
文治5年(1189年)閏4月、奥州平泉・衣川館で藤原泰衡に襲われ自刃した源義経の首級は、新田冠者高平によって美酒に浸され腰越まで送られた。同年6月13日、和田義盛とともに首実検の正使を務めたのが梶原景時である。『吾妻鏡』はこの日を「義盛景時等於腰越浦見実」と記し、頼朝の鎌倉入りを阻まれた義経はついに兄の前にすら晒されず、二人の宿老の検分のみで葬られた。景時はかつて一ノ谷・屋島・壇ノ浦で義経と並んで戦い、しかし軍奉行として「逆櫓論争」以来義経と激しく対立し、その讒言が義経追討の端緒となったと『平家物語』が伝える人物——景時にとって義経の首実検は、自らが断罪した相手の死を最後に見届ける儀式であった。後に宝治3年(1249年)、伝承では義経の首が境川を遡って漂着したこの地に、悲劇の英雄を慰めるため白旗神社が祀られ、皮肉にも景時が引導を渡した義経が藤沢の鎮守として永く崇敬されることとなった。
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