法泉院は、長和元年(1012年)に天台宗の寺院・勝林院の塔頭として創建されたと伝わる。勝林院は声明(仏教音楽)の道場として大原に根付いた寺院であり、法泉院はその境内に附属する小院として歴史を刻んできた。近世に入ると、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに先立つ伏見城の戦いで、徳川家康の重臣・鳥居元忠らが西軍に攻められ落城に際して自刃した。その際に血染めとなった伏見城の縁板が後に移築され、法泉院の天井板として用いられたとされる。これが「血天井」として今日に至るまで伝えられており、戦国末期の凄惨な歴史を伝える遺構として知られる。書院庭園に据えられた樹齢700年ともされる五葉松は、中世より境内を見守…