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岩倉具視幽棲旧宅
京都府
岩倉具視が5年の蟄居中に倒幕の密議を重ねた国史跡・維新前夜の聖地
創建
1862
種別
神社
アクセス
叡山電鉄「岩倉」駅から徒歩15分
京都府京都市左京区岩倉上蔵町100
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基本情報
神社
創建 1862
164年目
概要
幕末の公家・岩倉具視が文久2年(1862年)から慶応3年(1867年)まで蟄居生活を送った旧宅で、国の史跡に指定されている。岩倉具視は孝明天皇の勅使として和宮降嫁を推進したため攘夷派に狙われ、岩倉村に隠棲を余儀なくされた。この地で倒幕の密議を繰り返しながら策を練り、維新の原動力となる構想を練り上げた。和室の座敷に「対岳文庫」と呼ばれる書庫が残り、岩倉が収集した多数の書籍が保管されている。旧宅に隣接する「岩倉具視公旧邸資料館」では岩倉の生涯と維新の軌跡を学ぶことができる。叡山電鉄「岩倉」駅から徒歩15分の静かな山里に位置し、幕末志士の息吹を間近に感じられる場所である。
由緒
文久2年(1862年)、公家の岩倉具視は攘夷派の圧力により朝廷を追われ、洛北・岩倉村に蟄居を命じられた。孝明天皇の意を受け和宮降嫁を主導したが、攘夷一色の政局の中で激しく非難されたためである。以後5年にわたり、岩倉はこの地の旧宅に隠棲しながら、訪れる志士たちと秘かに倒幕・王政復古の方策を練り続けた。蟄居中も読書と学問を怠らず、書庫「対岳文庫」には収集した多数の書籍が保管された。慶応3年(1867年)に政治情勢が変転すると岩倉は赦免され、大政奉還・王政復古の大号令を導く中心的役割を果たした。明治維新後は新政府の重鎮として右大臣に就き、明治4〜6年(1871〜1873年)には岩倉使節団を率いて欧米…
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