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春長寺
京都府
本能寺の変で殉死した信長の側近・村井貞勝が開いた浄土宗の菩提寺。洛中支配を担った重臣の菩提を今に伝える
創建
1574
種別
寺院
アクセス
阪急京都線「河原町」駅から徒歩約5分、または京阪本線「祇園四条」駅から徒歩約7分
京都府京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町610番地の1
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基本情報
寺院
創建 1574
452年目
御祭神・御本尊
宗派
浄土宗
概要
京都市下京区寺町通に立つ浄土宗の寺院。山号は松林山、院号は貞勝院。本尊は阿弥陀如来。天正2年(1574年)、織田信長の京都奉行として洛中の行政・警察・寺社管理を一手に担った村井貞勝が、自らの菩提寺として創建した。天正10年(1582年)の本能寺の変で信長・信忠とともに貞勝も二条御新造で討死し、寺は一時衰退した。翌天正11年(1583年)に豊臣秀吉の命で現在地の寺町に移転し、貞勝の法名「春長院殿」にちなんで「春長寺」と改名された。境内には村井貞勝の墓が現存し、洛中支配の要として活躍した武将の菩提所として地元の人々に今も親しまれている。なお「貞安前之町」という町名自体、村井貞勝の屋敷があったことを今に伝えている。
由緒
春長寺の前身は天正2年(1574年)、村井貞勝が洛中に創建した菩提寺にさかのぼる。村井貞勝は尾張出身の武将で、織田信長の上洛後にその信頼を得て京都の行政を一手に担い、武家伝奏・禁裏との折衝から洛中の警察・消防・寺社管理までを統括した。信長政権下の京都を実質的に支配した重臣であり、同時に茶の湯・能を嗜む文化人でもあった。 天正10年(1582年)6月2日、明智光秀の謀反による本能寺の変が起きた。信長が本能寺で自害すると、嫡男信忠は二条御新造(現・二条城西方)で抵抗した。貞勝はここに合流して討死し、その享年は不詳とされる。信長・信忠とともに洛中支配の中枢を失った貞勝の菩提寺は一時衰退したが、翌天…
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ご利益
浄化・お祓い
極楽往生
穢れ祓い・心身の浄化・邪気払い。禊(みそぎ)や護摩の伝統に連なる。
御祭神「阿弥陀如来」のご神徳に由来

ゆかりの人物
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