浄教寺の起源は承安年間(1171〜75年)、平重盛による建立にさかのぼる。平重盛(1138〜1180)は平清盛の長男で、正二位内大臣・左近衛大将を歴任した平家政権の中核を担う人物だった。深く仏教に帰依し、燈籠を各地の寺社に多数奉納したことで「燈籠大臣(とうろうのおとど)」と呼ばれた。重盛はここに48体の阿弥陀仏像を安置する堂を設け、燈籠を献じて衆生の往生浄土を祈念した。この堂が「燈籠堂(鐙籠堂)」の別称として今も伝わる。
治承4年(1180年)、重盛は43歳で没した。『平家物語』では清廉潔白で思慮深く、清盛の暴政を諫めた武将として描かれ、後世に深く記憶されている。重盛の死後、平家の滅亡(11…