寺伝によれば寛元年間(1243〜1247年)に玄心(元心)法印が開山し、後嵯峨院の勅願所であったと伝わる高野山真言宗の古刹である。文明年中(1469〜1486年)、江戸城を築いた太田道灌が当寺を中興したと伝わり、中興後は堂舎に道灌の桔梗紋を付けたという。天正19年(1591年)には徳川家康から寺領3石の朱印状を拝領し、三葉葵の寺紋と朱塗りの山門(赤門)を許されたと伝わる。町名「赤門町」はこの赤門に由来する。慶長12年(1607年)盗賊の放火で焼失して現在地へ移り、以後7度の火災に遭って本尊と過去帳のみが現存する。現在の堂宇は昭和35年(1960年)の再建。度重なる災禍を越えて、道灌・家康ゆかり…