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長香寺
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長香寺
京都府
家康の側室・長香院が願主、京都所司代と大工頭中井家・金座が築いた徳川草創期の浄土宗寺院
創建
1608
種別
寺院
アクセス
地下鉄烏丸線「五条駅」から徒歩約7分
京都府京都市下京区高倉通松原下る樋之下町37-5
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基本情報
寺院
創建 1608
418年目
宗派
浄土宗
概要
京都市下京区高倉通松原下ルの樋之下町に建つ浄土宗の寺院。山号は常照山、本尊の阿弥陀如来は恵心僧都源信の作と伝わる。慶長13年(1608年)、徳川家康の側室おこちゃ(法号・長香院)の本願によって創建され、寺名はその法号に因む。伽藍の建立には、京都所司代・板倉勝重、幕府大工頭で中井家初代の中井正清、金座を預かる後藤庄三郎ら、徳川幕府の要職が参画した。中井正清は方広寺大仏殿の用材を本堂に転用したとも伝わる。のちに中井家の菩提寺となり、境内には中井家歴代の墓が残る。重要文化財「絹本著色観経十六観変相図」を所蔵し、徳川草創期の京都と幕府職人集団のつながりを今に伝える寺院である。
由緒
慶長13年(1608年)、徳川家康の側室おこちゃの本願により、信誉称阿を開山として創建された。おこちゃは慶長12年(1607年)の駿府城の火災で世を去ったと伝わり、その法号「長香院」が寺名の由来となっている。伽藍の建立には、初代京都所司代・板倉勝重、幕府大工頭で中井家初代の中井正清、金座を預かった後藤庄三郎ら、徳川幕府草創期の要職が深く関わった。とりわけ中井正清は、豊臣秀吉が建てた方広寺大仏殿の用材を本堂建立に転用したとも伝えられる。江戸時代を通じて当寺は中井家の菩提寺となり、境内には中井家歴代の墓所が営まれた。また中井家ゆかりの女性が8代将軍・徳川吉宗の生母になったと伝わり、これにより寺は幕…
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