慶長13年(1608年)、徳川家康の側室おこちゃの本願により、信誉称阿を開山として創建された。おこちゃは慶長12年(1607年)の駿府城の火災で世を去ったと伝わり、その法号「長香院」が寺名の由来となっている。伽藍の建立には、初代京都所司代・板倉勝重、幕府大工頭で中井家初代の中井正清、金座を預かった後藤庄三郎ら、徳川幕府草創期の要職が深く関わった。とりわけ中井正清は、豊臣秀吉が建てた方広寺大仏殿の用材を本堂建立に転用したとも伝えられる。江戸時代を通じて当寺は中井家の菩提寺となり、境内には中井家歴代の墓所が営まれた。また中井家ゆかりの女性が8代将軍・徳川吉宗の生母になったと伝わり、これにより寺は幕…