姫路城(兵庫県姫路市)は現存12天守の中で最大かつ最も完全な形を留めており、世界文化遺産にも登録されている。慶長六年(1601年)から同十四年(1609年)にかけて池田輝政が築いた連立式天守群は、「入り母屋破風・千鳥破風・唐破風」の組み合わせによる意匠美と、螺旋状に組み込まれた防衛動線の巧妙さで、縄張・意匠の両面における到達点とされる。
彦根城(滋賀県彦根市)は慶長十二年(1607年)に井伊直継が築城を開始し、現存天守は国宝に指定されている。天守台石垣には「打ち込み接ぎ」と「切り込み接ぎ」が混在しており、近世城郭石垣技術の発展過程を見学できる貴重な現場である。
名古屋城(愛知県名古屋市)は慶長十七年(1612年)に徳川家康が天下普請(各大名を動員した公共工事)で築いた平城の典型である。本丸御殿(復元工事完成)と天守(本体は空襲で焼失・木造復元を検討中)が見どころである。金の鯱(しゃちほこ)は単なる装飾ではなく、天守の権威を象徴する造形物として、時に政治的意図が込められていた。
松本城(長野県松本市)は天正期(1592〜94年)に完成した現存天守で、五重六階の純粋な天守として日本最古の部類に属する。黒を基調とした外観から「烏城(からすじょう)」とも称される。辰巳附櫓・月見櫓は寛永十年代(1630年代)の増築と考えられており、江戸初期の将軍上洛に備えた「御成り」用途の建築として解釈されている。
熊本城(熊本県熊本市)は慶長六年(1601年)から同十二年(1607年)にかけて加藤清正が築いた城で、「武者返し」と呼ばれる反り返った石垣が特徴的である。平成二十八年(2016年)の熊本地震で多数の石垣・建物が被害を受け、現在も修復工事が続いている。発掘・修復過程で得られた石垣構築の知見は、城郭研究に大きく貢献している。